狂った方位磁針

第3話:狂った方位磁針

「……老眼か?」

軽バンのハンドルを握り、俺はスマホホルダーに固定された画面を睨みつけた。
配送アプリが示す地図。いつもなら見慣れた「青いライン」が目的地へ導いてくれるはずなのに、そのラインが、時折ずるりと「毒々しい紫」に揺らぐ。

目をこすり、アクセルを踏み込む。
56歳。体もガタが来ているし、目も疲れている。
深夜までGeminiと向かい合って、現実感のない色彩をいじりすぎた報いだ。そう自分に言い聞かせて、次の配送先の角を曲がった。

だが、違和感は路地裏の湿気のようにまとわりついてくる。
信号待ちでふと画面を見ると、地図の背景、本来は清潔なグレーや緑で塗られているはずの市街地が、じわりと「湿った緑」に濁り始めていた。
カビが広がるような、不快な速度で。

「おい、冗談だろ……」

目的地に到着した。スマホを手に取り、荷物を確認しようとする。
画面をスワイプした指先に、昨夜の「あの感覚」が蘇った。
液晶の硬質な感触の中に、わずかに混じる、生温かい弾力。

ふと顔を上げ、目の前の古い民家を見上げた。
表札を確認しようとして、息が止まった。
そこに彫られていたのは、住人の名前ではない。
俺が昨日、AIと一緒に選んだあの「角張ったフォント」で、はっきりとこう刻まれていた。

――『虚構侵食』

俺のブログのタイトルだ。
ありえない。ここは現実の配送先だ。
震える手でスマホを見ると、地図上に立っている自分の現在地アイコンが、あの「G」の形に変形し、こちらを嘲笑うように点滅していた。

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